日南チャペル(イエス・キリスト宮崎福音教会)

宮崎県日南市星倉2丁目にあるキリスト教の集会所です。「聖日礼拝」毎週日曜日午前10:45~12:00。「家の集会」随時。お問い合わせ:0987-25-5226

カテゴリ: 礼拝説教(要約)

テキスト@Ⅱコリント2章10~11節 説教者 高森恒喜牧師

1.「赦し」を学ぶ

人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません(マタイ16:15)
 私たちは「愛すること」を学ぶために地上での訓練を受けています。「愛すること」の中には当然「赦すこと」が含まれています。兄弟を愛さない者が神を愛していないのと同じく、人を赦さないものは神を赦していない、すなわち神に敵対しているのです。そこに神の祝福はありません。

2.「赦し」を宣言する        

父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです(ルカ23:34)
 自分の力では本当の意味で人を赦すことはできません。私たちがすべきことは、私たちの内におられるイエス様によって「赦し」を宣言することです。最初はそこに感情や思いが伴わないかもしれません。しかし、信仰によって「赦し」を宣言する時、そこに聖霊が働かれるのです。

3.「赦し」に生きる

自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい(ローマ12:18)
 人を恨んでいたり、また他人に恨まれていると、私たちと神様との関係にも悪い影響が生じます。だからこそ、イエス様は祭壇で供え物をする前に兄弟と和解することを勧められたのです(マタイ5:23)。そういった意味でも教会は「赦し」に満ち溢れる場でなければなりません。憎しみの満ちるところに神の臨在はありません。

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テキスト@ピリピ4章11~12節 説教者 高森恒喜牧師

1.満足することを学ぶ

金銭を愛する者は金銭に満足しない・・・(伝道者5:10)
 食べても、また空腹になります。飲んでも、すぐに渇きます。肉体的欲求にしても、心理的欲求にしても、一時的に満たされることはあっても、それが永続することはありません。私たちは「いま持っているもので満足する」(ヘブル13:5)ことを学ぶ必要があります。そのためには無いものではなく、有るものに目を留め感謝する習慣が大切です。

2.他人と比較しない 

彼らが・・・比較したりしているのは、知恵のないこと(Ⅱコリント10:12)
 私たちは子供の頃から人と比較して自分の価値を測ることが当たり前の世界で生かされています。クリスチャンになってからも、人と比較する世界の中に生きている限り「満ち足りた心を伴う敬虔」(Ⅰテモテ6:6-8)を経験することはできません。イエス様のたとえ話しに登場する極貧のラザロと大金持ちのどちらが神の目に幸福であったを考えてみましょう。

3.聖霊に満たされる

神の国は・・・聖霊による喜び・・・(ローマ14:17)
 私たちの真の満足は神の「聖霊」によってもたらされるものです。だからこそ、私たちは聖霊に満たされる必要があるのです。イエス様は「求めなさい。そうすれば与えられます」(マタイ7:7)と教えられました。では私たちに一番求めて欲しいと思っているのは何でしょう?それは「聖霊」です。天の父は本気で求める全ての人に「聖霊」を与えて下さるのです。

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テキスト@ヘブル12章1~17節 説教者 高森恒喜牧師

1.重荷を下ろす

重荷とまつわりつく罪とを捨てて・・・(ヘブル12:1)
 多くのクリスチャンが「重荷」を負ったまま走っています。それではすぐに疲れ果ててしまうのは当然です。私たちが最高の状態で走るためには、まずは、イエス様のもとに重荷を下ろすことが先決です。からみつく「罪」を捨てなければなりません。そのためにも、私たちは主に委ねることを学び、また真の悔い改めへと導かれなければなりません。

2.イエス様だけを見つめ続ける

イエスから目を離さないでいなさい(マタイ12:2)
 私たちの信仰生活は水の上を歩くようなものです。普通に考えたら、それは不安定どころか不可能に思える歩みです。もし、私たちがイエス様から目を離してしまえば、ペテロのように恐れと不安に囚われてしまうのは当然です(マタイ14:30)。キリストの言葉を一心に見つめて離れない人こそ、主にあって確かな歩みをすることができるのです。

3.神の愛を疑わない

主はその愛する者を懲らしめ・・・(ヘブル12:6)
 神による訓練は「懲らしめ」とも表現されることからも分かるように、決して楽しい体験ではありません。むしろ、悲しく辛い体験であり、時には神様の愛が分からなくなってしまうこともあります。しかし、それでもなお、私たちは神の言葉に立ち、神の愛を信じ続けることが求められています。どんな中にあっても神を呼び求めましょう。

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