私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです」(2コリント4:18)

1.天に思いを、神に望みを

     魔術師シモンもバプテスマを受け、表面上はクリスチャンになりました。本人も自分がクリスチャンであることを信じて疑わなかったことでしょう。しかし、その内面は救われる以前とあまり変わっていませんでした。彼にとっての優先事項は「金」と「名誉」でした。もし、私たちが地上での事柄に望みを置き、人の評価を気にしながら生きているとすれば、それは魔術師シモンと本質的には同じです。天に望みをおき、神の評価しか気にしない人こそが、天の御国へと確かな歩を進めることができるのです。

2.苦い胆汁と不義のきずな

 ペテロは魔術師シモンに「あなたはまだ苦い胆汁と不義のきずなの中にいる」と指摘しました。新共同訳では「お前は腹黒い者であり、悪の縄目に縛られている」と訳されています。私たちが「地上のものに望みを置き、人の目を気にして(恐れて)生きる時」、「損得勘定で物事を判断し、人と自分を比較し、その中で自分をまた他人を評価して生きていく時」、私たちの心は「嫉妬心、敵対心、党派心・・・」等の苦々しい思いで満ちてくるのです。結果「いつも学んではいるが、いつになっても真理を知ることができない」(2テモテ3:7)「悪魔に捕らえられて思うままにされている」(2テモテ2:26)状態に陥ります。

3.ただキリストを伝える

 福音を伝える上でも、神様信じたら、お金持ちになれる!!とか、偉くなれる!!とか、美しくなれる!!などと、人間の欲望を刺激するようにして福音を伝えることは聖書的ではありません。人を集める上ではそのようなアプローチ法が有効かもしれません。しかし、結局、そのような宣教の方法で教会に来る人はさらなる欲望にがんじがらめになるだけです。そのようなアプローチを好む多くの伝道者が堕落している事実を忘れないでください。伝えるべきは「天の御国が近づいた。悔い改め、福音を信ぜよ」との使信のみです。

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