散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。(使徒8:4)

1.激化する迫害

「キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。」(2テモテ3:12)

クリスチャン生活は迫害を受けることが前提です。ですから、聖書は私達が迫害を受けた時にどうすべきかということも教えています。「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5:44)。もし、「自分の指導者を愛し、兄弟姉妹のために祈る」ということさえ、できていないとするならば、まずそこから始めましょう。「目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません」(1ヨハネ4:20)

2.拡大する宣教

「ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります」(使徒1:8)


イエス様の言葉はステパノの殉教を機に実現へと向かって行きました。ユダヤ人の迫害によって福音はイスラエルの全土へと広がって行くのです。ユダヤ人の迫害が収束を迎えると、ローマ帝国による迫害が激化しますが、それによって今度は世界の全土へと福音は増え広がって行くことになります。あらゆる困難は地境が広げられる機会かもしれません。恐れないで前進しましょう。

3.救いの喜び

あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。これは信仰の結果である、たましの救いを得ているからです。(1ペテロ1:9) 

ステパノの「死」によって教会は大きな悲しみに包まれましたが、しかし、彼らはそれによって勇気を失ったり、失望落胆することはありませんでした。なぜでしょう。それは彼らがそれにまさる「救いの喜び」をうちに抱いていたからでした。もし、その喜びが失われているのならば、ダビデのように祈りましょう。

「救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように」(詩篇51:12)

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