日南チャペル(イエス・キリスト宮崎福音教会)

宮崎県日南市星倉2丁目にあるキリスト教の集会所です。「聖日礼拝」毎週日曜日午前10:45~12:00。「家の集会」随時。お問い合わせ:0987-25-5226

2018年02月

テキスト@ヘブル12章1~17節 説教者 高森恒喜牧師

1.重荷を下ろす

重荷とまつわりつく罪とを捨てて・・・(ヘブル12:1)
 多くのクリスチャンが「重荷」を負ったまま走っています。それではすぐに疲れ果ててしまうのは当然です。私たちが最高の状態で走るためには、まずは、イエス様のもとに重荷を下ろすことが先決です。からみつく「罪」を捨てなければなりません。そのためにも、私たちは主に委ねることを学び、また真の悔い改めへと導かれなければなりません。

2.イエス様だけを見つめ続ける

イエスから目を離さないでいなさい(マタイ12:2)
 私たちの信仰生活は水の上を歩くようなものです。普通に考えたら、それは不安定どころか不可能に思える歩みです。もし、私たちがイエス様から目を離してしまえば、ペテロのように恐れと不安に囚われてしまうのは当然です(マタイ14:30)。キリストの言葉を一心に見つめて離れない人こそ、主にあって確かな歩みをすることができるのです。

3.神の愛を疑わない

主はその愛する者を懲らしめ・・・(ヘブル12:6)
 神による訓練は「懲らしめ」とも表現されることからも分かるように、決して楽しい体験ではありません。むしろ、悲しく辛い体験であり、時には神様の愛が分からなくなってしまうこともあります。しかし、それでもなお、私たちは神の言葉に立ち、神の愛を信じ続けることが求められています。どんな中にあっても神を呼び求めましょう。

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テキスト@ローマ7章1~6節 説教者 高森恒喜牧師          

1.実を結ぶための基本

死者の中からよみがえった方と結ばれて・・・(ローマ7:4)
 私たちが「律法」に死んだという真理は、すなわち「キリスト」に結ばれたという真理と切り離すことはできません。しかし、その真理が体現するためには私たちは「キリストのことばを豊かに住まわせること」(コロサイ3:16)が必要になります。「主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ(思い巡らす)」(詩篇1:2)ことは「キリストに結ばれ」実を結ぶための基本的信仰の姿勢です。

2.信仰の姿勢を吟味する

彼らのしていることはみな、人に見せるためです(マタイ23:5)
 自己中心的な信仰では、私たちは神のために実を結ぶことはできません。自己中心的な信仰については、自己顕示型、自己陶酔型、自己卑下型、自己逃避型・・・等、その傾向に従って分類することも可能ですが、全てに共通する根本的問題はどれもこれも「自己」が存在していることです。本物の信仰は「自己」が「消滅(死ぬ)」ことにはじまるのです。

3.神のみこころに生きる

自分を捨て、自分の十字架を負い・・・(マタイ16:24)
 キリストの弟子となるためにはまず「自分を捨てること」そして、その上で「自分の十字架を負う」ことです。それは「自分の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごす」(1ペテロ4:2)人生です。「神のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、またあのことをしよう」(ヤコブ4:15)と神のみこころを積極的に求め自らの使命を模索する人生です。

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