日南チャペル(イエス・キリスト宮崎福音教会)

宮崎県日南市星倉2丁目にあるキリスト教の集会所です。「聖日礼拝」毎週日曜日午前10:45~12:00。「家の集会」随時。お問い合わせ:0987-25-5226

2017年09月

text@ローマ2:1-29

律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行いをする場合は、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。                       (ローマ2:14)  

1.「良心」は神の存在を示唆する

 「良心が痛む」という経験を誰もがしたことがあるでしょう。しかし、その「良心」はどのようにして養われたのでしょう?それは両親等の人格的存在をとおして「善悪」について教えられたからではないでしょうか?野生動物に育てられた「人間」には「良心」は養われません。そのようなことを考える時に「良心」が進化の産物として人間の心に宿ったとは考えがたいことです。すなわち「良心」の存在することが、万物の初めである「創造主」の存在を示しているのです。

2.健全な「良心」を持つために

 アダムとエバは創造主の命令に逆らい「善悪の知識の木」から実を採って食べてしまい、結果として、彼らは「エデンの園」から追放されてしまいました。これは人間が自分の考えを善悪の基準として物事を判断してしまうようになったこと。その結果、人間は創造主から離れ、滅びへと向かっていることを教えています。ですから、私たちが健全な良心を持つための第一歩として持たなければならないのは「すべてのことについて、あなたの(神)戒めを正しいとします」(詩篇119:128)という信仰の姿勢です。

3.「良心」を清く保つために

  聖書をとおして善悪の規準を持つことはとても大切なことです。しかし、だからといって、私たちが常に完全なる善を選び取ることができるわけではありません。弱さの故に悪いと分かっていながら罪を犯してしまうことがあるかもしれません。また知らないで罪を犯してしまうこともあるかもしれません。だからこそ、私たちは「日々の悔い改め」を大切にする必要があるのです。悔い改は信仰の軌道修正なのです。

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テキスト@ローマ1:18~32

1.自然をとおしてご自身を現される神

 神の・・・神性は・・・被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らの弁解の余地はない(ローマ1:20)
 たとえば「月」が無くなってしまうと、地球の自転は早くなり(8時間)、地軸の傾きが23℃に保たれなくなります。すると地上はすさまじい強風が吹き荒れ、南極が砂漠と化し、エジプトに雪が降り積もるような世界になってしまうというのです。また月の大きさと太陽の大きさは400倍の違いがあるけれども、地球からは同じ大きさに見えます。それは地球との距離も400倍の差があるからです。これも実に不思議なことではないでしょうか?私たちはそのような宇宙や自然の中にある不思議に創造主なる神の存在を見ることができるのです。

2.神を礼拝する存在としての人間

 彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり・・・(ローマ1:21)
 上記の聖書の言葉から分かること。それは創造主を「神」として知る時、そこには人間からの神への賛美と感謝が捧げられることが当然のこととして期待されているということです。すなわち、私たち人間は「礼拝者」として造られているのです。私たちが「礼拝」を第一とすることは、人間が人間としての本来の姿を取戻すことなのです。

3.神から離れた人間の末路

 彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことを・・・(ローマ1:28) 

 私たちが「礼拝者」としての自らの役割を果たさないとどうなるのでしょう。聖書は私たちが神から離れるならば「欲望」に囚われ、「悪い思い」に満ちるようになると教えています。そのことは具体的に説明されるまでもなく、日々私たちが目にしたり、耳にしたりするニュースから十分理解できるでしょう。神から離れた先にあるのは「滅び」なのです。

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