日南チャペル(イエス・キリスト宮崎福音教会)

宮崎県日南市星倉2丁目にあるキリスト教の集会所です。「聖日礼拝」毎週日曜日午前10:45~12:00。「家の集会」随時。お問い合わせ:0987-25-5226

2017年03月

使徒の働き20章13~38節

1.「悔い改め」と「救い主イエス」を伝える

ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰とをはっきりと主張したのです(使徒20:21)
 イエス様もその宣教の働きを「悔改めよ」との言葉をもって始められました。大事なことは悔い改めの本質は「悔いる」ことではなく「改める」ことである、ということです。何を「改める」のでしょう?それは「考え方」です。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れる必要があります。クリスチャンになっても、それ以前と同様の価値観のまま生きているならば、世の人と同じ判断、同じ決断をしてしまい、実りある信仰生活を送ることが困難になります。私たちは聖書的世界観、人生観、価値観をしっかりと身につける必要があるのです。

2.神の計画の全体を伝える

私は、神のご計画の全体を、余すところなくあなたがたに知らせておいたからです(使徒20:27)
創造主との「関係の回復」、その唯一の方法としての「十字架と復活」。それらを中心メッセージとして伝えることは重要です。しかし、それだけが、神のご計画ではありません。「十字架と復活」のみに終始するとそれはそれで問題がでてきます。私たちはどこへ向かっているのか?将来的にはどのような存在になるのか?そのためにはどのように備えなければならないのか?神のご計画全体を把握する必要があります。

3.聖書の教えに信徒をつなげる

いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。(ヘブル11:19)
 パウロは自分自身に人を引き寄せるのではなく、聖書の言葉に人々をつなげようと努力してきました。みことばにしっかりとつながる人だけが、健全な成長を遂げることができるのです。

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使徒の働き20章1~12節

1.復活と蘇生の違いについて

「わたしの手やわたしの足を見なさい・・・霊ならこんな肉や骨はありません」(ルカ24:39)
 聖書には様々な「よみがえり」の奇蹟が記録されています。しかし、イエス様の経験された「よみがえり(甦り)」と、その他の「よみがえり(蘇り)」とは全く別物です。イエス様以外はあくまでも元々持っていたからだに魂が戻る「蘇生」です。しかし、イエス様の「甦り」は決して朽ちることのない「栄光のからだ」への「復活」なのです。新天新地を相続するよう選ばれた人々、すなわち、イエスをキリストと信じる人々はイエスと同じ「復活」に預かることができるのです。

2.復活をはじめとした「しるし」について

「ほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた・・・イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によていのちを得るためである(ヨハネ20:30ー31)
「復活」をはじめととして、聖書には様々な「不思議としるし」が登場しますが、その第一義的目的は「イエスが救い主」であることを信じさせるためにあります。ですから、どんなに素晴らしい奇蹟を目撃したり、体験したりしても、その人がイエスを救い主として受け入れなければ意味がありません。

3.復活(しるし)を信じるためには?

「彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。」(ヘブル11:19)
 「しるし」を信じることは難しく感じるかもしれません。しかし、実際は難しいことではありません。私たちが創世記1章1節の言葉「はじめに神が天と地を創造した」という言葉を信じれば、すなわち、神には不可能がないことを心から信じればいいだけの話しです。

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