日南チャペル(イエス・キリスト宮崎福音教会)

宮崎県日南市星倉2丁目にあるキリスト教の集会所です。「聖日礼拝」毎週日曜日午前10:45~12:00。「家の集会」随時。お問い合わせ:0987-25-5226

2016年12月

テキスト~使徒16章1~5節

パウロの第二回の宣教旅行は「宣べ伝えること」よりも「教え育てること」に重点が置かれました。「教えを守る」ことは福音にふさわしい生活を送ることです。しかし、それをないがしろにする人々もいます。

1.恵みを放縦に変える人々

私たちの神の恵みを放縦に変えて・・・イエス・キリストを否定する人たち(ユダ4)「恵みにより信仰によって救われる」という真理にあぐらを書き、キリストの似姿へと造り変えられることを願わない人々がいます。そのような人々によってキリストの教えはないがしろにされ、汚されるのです。彼らはいまだ真の悔い改めを経験していないのです。人間だからしょうがない、罪人だからしょうがない、と言い訳をするのではなく、あらゆる努力をして(2ペテロ1:5)日々キリストに近づくことを願う人々こそ真の悔い改めを体験している人です。

2.本質を見失う人々

聖書は姦淫の女を公衆の面前に引き出してきて石打ちの刑を要求するパリサイ人や律法学者たちを「正しい」とはみなしません。むしろ、そのような目に合わせないようにと、自分を裏切って姦淫をした(実際はそうではなかったが)婚約者のマリヤを密かに逃がそうと考えていたヨセフを「正しい」とみなします(マタイ1:19)。「愛」こそが聖書の教えの本質です。あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。(ヤコブ2:13)

3.教えを利用する人々

イエス様は「自分たちの言い伝えのために、神のことばを無にしている」とパリサイ人らを叱責されました(マタイ15:3-6)。私たちも時に自分たちの考えを正当化するために聖書の教えを無にしたり捻じ曲げてはいないでしょうか?「神様が言われた」と言ってその権威を利用していないでしょうか?そのような人々の多くは人の助言に耳を傾けません。信仰も独りよがりになる傾向にあるので十分に注意しましょう。

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